自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)

第5回「自分のことは自分が一番よく知っている?」



第1回 「同級生から贈られた表彰状」
第2回 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
第3回 「気づきのヒント」
第4回 「問題児という固定概念」
第6回 「日本人にとってのスポーツ」
第7回 「夢を実現するために」
第8回 「オレは世界で一番幸せな男」
第9回 「イギリス留学で得たもの」
第10回 「偉大な先生の教えを胸に」

自分のことは自分が一番よく知っている?

 今の私に大きく影響したもう一つの気づきは、現役最後の頃、ライバルの斉藤仁選手との対戦に向けて、佐藤宣践先生からあるアドバイスをいただいたことがきっかけとなりました。

 斉藤選手はロサンゼルスとソウル、2回のオリンピックで金メダルをとった日本唯一の選手で、私より三つ年下です。彼が出始めの頃、「なーに斉藤なんか」と思っていましたけれども、最初の試合で非常に苦しみまして、やっと一本取って勝った。その後はやればやるほど差がなくなってきて、最後の方はどちらが勝ったか分からない微妙な判定が多くなっていました。

 その斉藤戦に、「横捨て身をやってみたらいいと思うんだよ」と佐藤先生からアドバイスをいただいたんです。横捨て身というのは、巴投げのように自分の背中を畳につけて相手を横に倒す技です。体の固い俺には向かないなと思ったので、「先生、私は腰が固いものですから合わないと思います」と素直に言って、その場は終わりました。それから1か月くらいして、先生がまた私に遠慮気味におっしゃった。「泰裕、この前話した横捨て身、やってみた方がいいと思うんだよ」「ハア」という具合で、やはり私はやりませんでした。というのは、私の頭の中に、自分のことは自分が一番よく知っている、オリンピックで世界をとった自分の柔道は自分がよく知っている、横捨て身は私には合わない、という考えがあったからです。それで、3度目におっしゃったあとで、「俺はお前にいいんじゃないかと思って、タイミングを見て言っているのに、お前は1回も試そうとしない。お前のその姿勢は失礼じゃないか」と私はもの凄く叱られました。

 私は何事も、「はい、はい」って返事はいいけれども、すぐにスッとやるタイプじゃないんですね。どういう狙いがあるのかな、どんな意味があるのかと考えて、納得してから行動するタイプ。「はい」と返事して素直にやるよりも、1回は頭の中で考えてやる方がずっといいと思ってます。私は先生にすごく怒られたときに、「あ、そうだ。先生は俺のことを思ってこんなに言ってくださった。いやまずかった。やらねばいかん。たぶん合わないと思うけれども、1週間か10日ぐらいは先生の言ったことをやってみよう」と、そう反省して練習にとりかかりました。

 ところがですね、これがやってみると自分でも信じられないくらいかかるんです。残念ながら試合で使うことはありませんでしたが、練習では面 白いくらいかかるんですね。私はほんのわずかの経験だけで、自分のことは自分が一番よく知っている、少なくとも自分の柔道に対しては自分が一番よく知っていると思っていたけれども、それは全然違う。私はこのときに、物事を即座に簡単に判断するんじゃない、多少なりとも自分にいいんじゃないかというアドバイスや、自分の中で7、8割位 いいと思ったことに対しては、リスクがなければ、どんどん自分から受け入れいく姿勢が大切だ。と、そういうことを佐藤先生の指導の中で気づかされた思います。

 私は自分自身、もの凄くマイペースでわがままな人間だと思っていますが、すぐに判断しないで、とりあえずやってみようという柔軟な考え方になったのは、このときに叱られたことも含めて、佐藤先生との出会いがすごく大きく影響していると思います。

 たとえば、私は普段忙しくてなかなか勉強する時間がない。それで実は3年半くらい前から、基本的にはテレビを見るのを止めています。昨年の1月から1年間は、新聞を読むのも止めていました。それは、1年間やめようと決めたのではなくて、とりあえず止めてみたんです。それまでは1日1時間くらい、1面 から最後まで新聞を読んでいました。
 その時間を違うことに有効に使ってみて、仮に、「新聞ぐらい読まなきゃいかんぞ」と周りに言われて、自分もやっぱりいかんなと思ったら明日から変えればいい。そういう風に考えられるようになりました。佐藤先生と出会う前の私だったら、新聞は読まないと決めつけて、自分を変えられなかったでしょうね。実際、今年に入ってから、新聞はやっぱり読んだ方がいいと思いまして、読み出すと切りがないので15分間、と意識しながら新聞を読むようにしています。






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