自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)

第3回「気づきのヒント」



第1回 「同級生から贈られた表彰状」
第2回 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
第4回 「問題児という固定概念」
第5回 「自分のことは自分が一番よく知っている?」
第6回 「日本人にとってのスポーツ」
第7回 「夢を実現するために」
第8回 「オレは世界で一番幸せな男」
第9回 「イギリス留学で得たもの」
第10回 「偉大な先生の教えを胸に」

 白井礼介先生と出会い、藤園中学で3年間を過ごした私は、九州学園高校へ進学しました。そして、高校2年生のとき熊本を離れ神奈川の東海大学付属相模高校に転校しました。九州学園高校の柔道部の稽古では自分のエネルギーを完全燃焼できなくなっていた頃、東海大学の創始者であり前総長の松前重義先生から「うちへ来て素晴らしい環境の中で思い切り柔道の可能性を磨いてみないか」と声をかけていただいたことがきっかけでした。松前先生は偶然にも私と同じ熊本県上益城郡の出身であり、世界の柔道の普及に非常に大きく貢献し、国際柔道連名の会長も務めておられました。何よりも、松前先生はこよなく柔道を愛した方でした……。晩年は私のことを孫のように思っていてくださいました。

 東海大相模に転校し、新たな指導者として出会ったのが当時東海大柔道部の監督であり、その後全日本の監督にもなられた佐藤宣践先生です。ご存知の方もおられるでしょうが、私は佐藤先生に現役を退くまでずっとコーチとしてお世話になりました。もちろん、柔道だけでなく、人間としても非常に多くの教えを頂きました。

 この佐藤先生と、前にお話しました白石先生。この二人の先生が「私を変えてくれた。作ってくれた」私はつい1、2年前までそう思っていました。ところが最近、考えが少し変わったんですね。それは、私自身が東海大学の教師として学生を指導しながら、あるいは全日本チームのコーチをしながら「果 たして人は人を変えられるのか」と考えるようになったからです。

 変えることは可能かもしれないが、それは非常に難しい。大事なのは、人の話を聞いたり自分が体験したことから、本人が気づくことではないのか。自分で気がつけば、いくらでも自分の望む方へ変えていけるのではないか……。正しいかどうか自信はありませんけれども、そういう風に考えるようになったんです。

 白石先生や佐藤先生は、我々が自分で気づくように、絶妙のタイミングで“気づきのヒント”を与えていてくれた。そのヒントでハッと気づいたり、あるいは魂を揺さぶられて、自分が変わっていった。だから結果 的には、同じ教えを受けながら、自分自身を変えられなかった仲間もいるんじゃないかと思うんです。

 たぶん、人間というのは、より多くの魂を揺さぶられれば、揺さぶられるほど、自分の望む方へ自分自身をかえていけるんじゃないかな。そのために大切なのが、白石先生も佐藤先生も繰り返し言っておられた、素直な気持ち、感謝の気持ち、謙虚な気持ちといった心の有様なのだと思います。  一応、私にもいろいろな気づきがあったんですね。(笑)。最近はそういう風に考えて、自分自身を振り返っています。

次回は「問題児という固定概念」。白血病の息子さんを持つお母さんからの一本の電話がきっかけとなって、指導者としての山下さんに新たな“気づき”が生まれます。







Copyright 2001 Yasuhiro Yamashita. All rights reserved.
Maintained online by webmaster@yamashitayasuhiro.com.