自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)

第1回「自己実現と教育方法」



第2回 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
第3回 「気づきのヒント」
第4回 「問題児という固定概念」
第5回 「自分のことは自分が一番よく知っている?」
第6回 「日本人にとってのスポーツ」
第7回 「夢を実現するために」
第8回 「オレは世界で一番幸せな男」
第9回 「イギリス留学で得たもの」
第10回 「偉大な先生の教えを胸に」

 私が柔道を始めたのは小学校5年生のときです。きっかけは、子供の頃の私はいわゆるイジメっ子でして、熊本では“悪ゴロ”と呼びますが、それで両親が「この子は将来人様から後ろ指を差されるような人間になってしまうんじゃないか」と心配して、「柔道をやらせたら少しは迷惑をかけない子になるだろう」と考えたからなんです。

 イジメっ子と言っても、今のイジメとは違います。私は小学校1年のときに6年生の服がちょうどいいくらい体が大きくて、元気もあり余っていた。その元気を上手く発散できなかったんですね。大きな体で同級生にちょっかいを出す。体が大きくて力もあるから、同級生の中には「やっちゃんがいるから学校に行きたくない」という子も出てくる。当然、同級生の親から苦情の電話がかかってきたり、母親が学校に呼び出されたりするわけです。これでは両親が私の将来を心配するのも無理はありません。

 近所の道場に通い始めた私は、すぐ柔道が大好きになりました。柔道着を着て、帯を締めて、あとはルールに従ってやればどんなに暴れてもいいんですから。両親が私に柔道をすすめたのは、「柔道は武道だ。体力や技術を身につけるだけでなく、心、精神を高めるのに大いに役立つ」と考えたからですが、私自身はあり余ったエネルギーを思い切り発散できるのが何しろ嬉しかった。心の部分が育っていくのはもう少し後の話です。遊びの延長としてやっていましたから、学校での行いが大きく変わったわけではない。小学校の6年間で、担任の先生から通 知表の所見欄でお褒めの言葉をもらったことは一度もないんです。

 こんな話をすると、多くの人が「オーバーに言って」とか「謙遜して」とか言いますが、実はそれを証明する一枚の表彰状があります。私の家にはオリンピックの金メダルをはじめ、数え切れないほどのトロフィや表彰状やパネルがありますが、過去の栄光よりも現在、将来をどう生きるかが大切だと思うので飾っていません。あるのはたった一枚、その表彰状だけです。

 この表彰状は1984年のロサンゼルス・オリンピックで優勝した後、生まれ故郷の熊本県の矢部町に帰ったときに、小学校時代の同級生からもらったものです。

 「表彰状。あなたは小学校時代、大きな体を持て余し、教室で暴れたり仲間をイジメたりして、我々同級生に多大な迷惑をかけました。しかし、今回のオリンピックにおいて、我々同級生の期待を裏切るまいと、不慮の怪我にもかかわらず、持ち前の闘魂を発揮して見事金メダルに輝きました。このことは小学校時代の悪行を精算し、加えて我々同級生の誇りとなるものです。よってここに表彰し、最大の敬意と、永遠の友情を約束するものです」

 大体の内容はこんな具合です。私はこの表彰状を贈られたとき、こころ温まる内容に非常に感激しました。たった一枚だけ、この表彰状だけは大切にこれからも飾り続けると思います。




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