自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)

第10回「偉大な先生の教えを胸に」



第1回 「同級生から贈られた表彰状」
第2回 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
第3回 「気づきのヒント」
第4回 「問題児という固定概念」
第5回 「自分のことは自分が一番よく知っている?」
第6回 「日本人にとってのスポーツ」
第7回 「夢を実現するために」
第8回 「オレは世界で一番幸せな男」
第9回 「イギリス留学で得たもの」

  私は来年9月のシドニー・オリンピックに、全日本柔道男子代表チームの監督として参加することになっています。日本代表の監督は、アトランタ・オリンピックに続いて2度目。8年間全日本のチームを任されて、東海大学の期間も入れますと、12、3年になりますか、指導中心にやってきました。シドニー・オリンピックが終わったら、私の第2の人生が終わりなんじゃないかと思います。

私は欲張りでして、5つか6つの人生を生きたいと思っています。第1の人生は現役時代。努力したことが報われた、充実した素晴らしい人生でした。そして今が第2の人生。第1の人生のようにはいかないだろうけれども、それに負けないくらい努力して、日本を代表する選手を育て、彼らを率いて世界の舞台で戦っていきたい。残された時間はあと1年半(この講演の時点で)。あっという間ですね。日本の選手が自分の力を出し切れるように、そして柔道を愛し、応援してくれる多くの皆さんと心を一つにして大会に臨めるように、これからの日々を過ごしていきたいと思っています。

ときどき感じるんですが、私の頭の上には2人の偉大な先生がおられるような気がします。ひとりは柔道の創始者、嘉納治五郎先生。嘉納先生は文明開化の明治時代、みんなの気持ちが西洋文化に向いて日本古来のものがどんどん失われている時代に、柔術の良いところを集めて柔道をつくられた。柔道を通 して心身を鍛え、会社に役立つような人間を育てたいというのが創始の目的です。

最近の柔道は試合で勝つこと、勝敗の方にリベートが行き過ぎて、日頃の鍛練を通 じて人を磨く、人材を育てるという本来の目的がともすると忘れられがちです。嘉納先生の教えの中に「精力善用、自他共栄」という言葉がありますが、自分の持っているエネルギーを良いことに使いなさい、自分だけじゃなく他人と共に栄えることが大切なんだ、というこの精神は、今のこの時代にこそ必要なんじゃないかという気がします。

そしてもうひとりの偉大な先生は、東海大学の前総長、松前重義先生です。松前先生はこよなく柔道を愛された。私は先生に非常に可愛がっていただいて、私が柔道と関わっていく上で、とくに心の部分で非常に大きな影響を受けていたんですけれども、その松前先生はこうおっしゃった。「僕が君を一生懸命応援しているのは、君に試合で勝ってほしいからだけじゃないんだよ。柔道は日本で生まれた、唯一の世界に誇るスポーツだ。オリンピック種目だ。僕は君に、この柔道を通 して世界の国々との親善を深めてほしいんだ。将来、柔道を通して世界の平和に貢献できるような人間になってほしいんだ。そのために僕は君を一生懸命応援しているんだよ」

 嘉納先生も松前先生も偉大過ぎて、私などとても足元にも及びません。2人の先生が抱かれた理想や教えをしっかり心に刻んで、柔道に、またスポーツ界に恩返しができる人間になれるよう、これからも頑張っていきたいと思います。






Copyright 2001 Yasuhiro Yamashita. All rights reserved.
Maintained online by webmaster@yamashitayasuhiro.com.