自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)

第2回「実るほど頭を垂れる稲穂かな



第1回 「同級生から贈られた表彰状」
第3回 「気づきのヒント」
第4回 「問題児という固定概念」
第5回 「自分のことは自分が一番よく知っている?」
第6回 「日本人にとってのスポーツ」
第7回 「夢を実現するために」
第8回 「オレは世界で一番幸せな男」
第9回 「イギリス留学で得たもの」
第10回 「偉大な先生の教えを胸に」

 小学校5年で近所の道場に通い始めた私は、大きな体にあり余るエネルギーを思い切り 発散できる柔道が大好きになり、6年のときには熊本県の大会で優勝しました。当時、私 はすでに身長が170cm、体重が74.5kgありましたから、技がどうのというより、大人と 子供が試合をするような感じだったと思います。

 このときの試合を、私の恩師の一人、藤園中学校柔道部監督の白石礼介先生がたまたま 見ておられた。そして、「うちに来ないか、藤園中学で柔道をやらないか」と誘ってくだ さったんです。もしこのとき、先生が声をかけてくださらなければ、私の人生はまったく 違ったものになっていたでしょう。小学校を卒業した私は、両親の元を離れて、当時仕事 の関係で熊本市内に住んでいた祖父の家から藤園中学に通うことになりました。

 白石先生との出会いはとても大きいものでした。藤園中学の柔道部は、当時9年間公式 戦で無敗の記録を持っていて、私がいたときも、中学1年から3年まで全国中学校柔道大 会で3連覇。柔道王国九州でも名門中の名門です。ここで非常に厳しい稽古に明け暮れる わけですが、白石先生は単に柔道で勝つための技術を教えるだけでなく、人間としての心 のあり方を繰り返し、繰り返し、我々に話された。先生の教えは今もしっかり心に残って います。

 もっとも頻繁に言われていたのが「文武両道」ということです。「柔道だけじゃダメだ。 勉強も頑張らないといけない。なぜなら、みんなが柔道で一生懸命頑張って鍛えた心と体 は、社会に活かしていくためのもので、それを活かすのに必要なのが勉強なんだ。中学チ ャンピオン、あるいは将来、世界チャンピオンになるのをめざして柔道で頑張るのは素晴 らしいことだが、もっともっと大事なのは、選手としてチャンピオンになることではなく て、社会人としてチャンピオンになることなんだ」……。まだ世の中に出る前の子供にも、 “社会人としてのチャンピオン”という言葉は、ああ、何か人の役に立つ人間にならんと いかんな、と心に響きました。

 柔道や勉強で頑張る心構えとして、白石先生は「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂か な」とよくおっしゃっていました。有名な俳句です。稲の穂は、米が立派に実るほど頭が 下がってきますね。それを人間になぞらえて、「本当に強く、立派な人になるには素直で ないといけない。素直な心、謙虚な心を持ちなさい。社会で活躍している一流と言われる 人は、どんなに成功しても、いつまでも素直で謙虚な心を持ち続けている。先生の話だけ じゃなく、親の話も素直に聞ける心を持つことが大事なんだ」と、いつも話されていまし た。そして、高校生や大人の柔道の試合を観に行ったときでも、3段、4段の選手で、俺 は強いんだと言わんばかりに肩をいからしている人がいると、「よーく聞いとけ。あんな のは強くない。一流じゃない、二流だ。本当に強い奴は威張らない。いつも謙虚でやさし いものだ」とおっしゃるわけです。先生が繰り返し、繰り返し言われていたこういう教え は、大人になってから、本当にそうだ、大切なことだと分かるものですね。

 実はこの言葉、子供の頃の私は半信半疑でした。一流になった人は本当に素直なのか、 謙虚なのか……。大人になって、幸いにもオリンピックチャンピオンになり、国民栄誉賞 を頂き、全日本柔道の男子監督も努めさせて頂いて、普通では会えないような方、いわゆ る一流の方と出会えるようになりました。そうすると、本当に一流の方というのはぜんぜ ん威圧感がなく、ビックリするくらい気楽に話せて、非常に謙虚なんですね。そういう方 とお会いしたり、伝記などを読んだりすると、ああ、白石先生のおっしゃっていたことは 本当だったんだなあと、つくづく思います。

 今の中・高生は、「文武両道」とか「実るほど頭を垂れる稲穂かな」などという言葉は 知らない。こういう昔からの大切な教えを知る機会がなくなっているのは寂しく感じます ね。私がオジンになった証拠かなあと思いますけれども、中・高生の前で講演をしたり、 柔道教室をやったりする機会があるので、私なりに話していこうと思っています。




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