日本柔道が果たすべき役割−人づくりと国際交流−
武道 2002−01
 
嘉納治五郎先生の原点に返る

 嘉納治五郎先生が柔道を創始した目的というのは、「柔道を通して心身を磨き高め、もって世の中を補益する人材を輩出していく」ことでした。果 たして我々は柔道を通した人づくり、そういう視点から子どもたちに、また、学生たちに指導しているのか。真剣に考えなければならない課題です。
 次に柔道選手、指導者のマナーについてお話ししたいと思います。柔道の大会などで会場の使い方の悪さ、ゴミの始末のひどさ、あるいは選手指導者がルールを守らない、応援の態度がよくない、野次を飛ばす、勝った後の態度がよくない、などという厳しいご批判を受けることがあります。私が苦々しく思うのは、柔道関係者がそういう指摘を受けることになれてしまっていることだと思います。他の競技の方から、柔道はマナーが悪い、と言われることは、柔道界にとって恥ずべきことであり、大きなマイナスです。これは真剣に考えなければならない問題です。
 私の好きな言葉に「伝統とは形を継承することを言わず、その魂を、その精神を継承することを伝統という」というものがあります。我々は本当に嘉納治五郎先生が創始した柔道を、その伝統を、受け継いできているのだろうか。我々は、外見だけ、形だけを受け継いできているのではないだろうか。今こそ、もう一度原点に返る必要があるのでは、と強く思っております。

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柔道を通じた人づくり

 日本の教育は崩壊の危機にあるといわれています。これに対しても、柔道が果 たしうる役割が必ずあると私は思っています。すばらしい選手をつくるだけが指導者の役割ではありません。
 今の学校には、いじめにあったりして毎日を不安な気持ちで過ごし、心を閉ざし、自信をなくした子どもがいっぱいいます。そういう子どもたちに柔道指導者が、「おい、柔道やらんか。柔道を通 して心身を鍛えないか」と声をかけてうまく誘い込み、彼らに自信を与え、彼らの閉ざした心を開き、友情を芽生えさせる、そういうことが柔道にはできると思います。
 私自身がそうでした。周りの人をいじめて、人が嫌がっているのを見て、喜んでいた子どもです。そういうてのつけられない暴れん坊の連中にこそ、柔道が最適だと思います。彼らのエネルギーを、間違った方向ではなく、柔道の畳の上で発散させること、それが十分可能ではないかと思います。私は確かに悪い子どもでしたが、柔道界の先輩方の中にも、私と同じようにひどい子どもだった方がおられるのではないでしょうか。そういう方々もやはり柔道を通 して救われていったのではないかと思います。
 今の教育の崩壊に対して、果たしうる役割が柔道にはあるのです。もう一度柔道を通 した人づくり、という原点に戻る必要があると思います。その際にもっとも大切なことは、今の選手に対して、また、若い指導者に対して、柔道界の責任ある立場の者が、まず自分自身の襟を正して、自ら自分自身を変えて行動していくこと、ではないでしょうか。上に立つ人間が模範を示せば、自然と柔道界は変わっていくはずです。
 柔道界では、「柔道ルネッサンス」という動きが出てきました。もう一度柔道を創始した嘉納治五郎先生の原点に返ろう、という考えの下、四つの分野で活動を始めています。
 一つ目は「人づくりキャンペーン活動」、この責任者が私です。二つ目が「教育推進活動」。こちらの責任者は私の恩師の佐藤宣践先生です。三つ目が「ボランティア活動」、こちらの責任者は全日本柔道連盟の強化委員長である上村春樹先生です。そして四つ目が「障害を持った方々を主とした交流活動」、この責任者は中村良三先生です。
 もう一度柔道の初心、原点に返るために、この運動を始めました。全日本柔道連盟と講道館が力を合わせていっしょになってやっていこうと、こういう動きがやっと出てきております。このことに関しても、ぜひとも皆様方の忌憚のないご意見を、私たちにあるいは連盟のほうにお寄せいただきたいと思います。そしてみんなで考え、知恵を出し合って、まず自分から変わっていって、みんなで行動していきたいと考えております。
 柔道は、サッカーや野球のようにやって楽しい、あるいは見ていて楽しいスポーツではないかもしれません。わかりにくいところがあるかもしれません。しかし、やはり柔道をやった人間はどこか違うなあという、プラスの評価を受ける柔道界になってほしいと強く願っています。
 何年後になるかわかりませんが、子どもたちが、柔道着を肩に担いで道場に行く姿に憧れる、そういう時代が帰ってくることを信じています。それが私の大きな夢であり、魅力ある柔道のために、多くの人と力を合わせてやっていきたいと思います。


  柔道を通 した国際交流
 





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