日本柔道が果たすべき役割−人づくりと国際交流−
武道 2002−01
 


柔道を通した国際交流

 次に国際交流について少し話をしたいと思います。外国の柔道家から、柔道着を着て一度柔道をやるだけで、伝統的な日本の文化を体験した気持ちになる、という話を聞いたことがあります。柔道着を着ることは、日本の着物を着ることに似ている。帯を締めて裸足で畳の上に立つ。そして日本式の礼法、立礼、座礼、これをやるだけでも、日本の文化を体験したことになる、というのです。
 この話を聞いて、私は国際交流においても、柔道の果たしうる役割は、大いにあるのではないかと思いました。日本から多くの国に柔道の指導者が行っております。外国に行かれた指導者の方々が、その国の文化、習慣をよく理解し、その国の人々に信頼され、尊敬される人間になっていく。そしてそういう形を作りながら、単に柔道の技術を教えるだけでなく、柔道の心を教えていく。さらに、柔道の心を伝えながら、日本という国をも理解してもらう。そうなれば、柔道がその国と日本とを結ぶすばらしい架け橋になれるのではないでしょうか。これは立派な民間外交ではないかと、そう思います。
 しかし、私の見ている範囲では、このような国際交流を実践されている指導者は少ないのではないかと思います。単に試合に勝つため、技術レベルを向上させるための指導に追われている部分が多いのではないでしょうか。
 講道館や全日本柔道連盟が、海外で柔道を指導する役割の大きさというものをしっかりと認識することが大事だと思います。それにふさわしい人を選考し、そしてその人をぜひ派遣してもらえるように所属の方にお願いをし、その役割についてしっかり教育して送り出していく、という制度を確立していくことが必要だと思います。日本から派遣された柔道指導者が相手国の習慣を理解し、その国で信頼され、尊敬される人間となれば、相互理解も生まれ、日本の心も理解してもらえるようになるはずです。柔道が民間外交の中で果 たす役割というのは、決して少ないものではないと考えています。21世紀、このことを日本の柔道界もよく考えていく必要があると思います。
 私が尊敬する松前重義先生(前東海大学総長)は、ご生前に私に何度もこんな話をされました。
 「山下君、僕が君を一生懸命応援するのは、単に試合に勝ってほしいためだけではないんだよ。そんなことは小さいことかもしれん。君に、柔道を通 して多くの国々との友好親善を深めてもらいたいんだ。それだけではない、スポーツを通 して世界の平和に貢献できる人間になってほしい。そういう想いを持っているから、君を一生懸命応援しているんだよ」  残念ながら当時の私は、頭では理解できても心では理解できていませんでした。先生が亡くなられた後、その言葉の持つ意味が少しずつ理解できるようになってきた気がします。
 バルセロナオリンピックが終わってから8年間、全日本柔道男子チームの監督を務めてきました。常に結果 を求められる立場でしたが、単に結果を出すだけではいけないと思っていました。頭の中には常に、柔道を通 した人づくり、柔道を通した国際交流、というものがしっかり残っていました。そして同じことを、コーチ陣、選手たちにも求めてきたつもりです。シドニーオリンピックの後、私からバトンを受け継いだ斉藤仁監督、若いコーチたちも、その必要性、その役割というものをしっかりと認識して、がんばっているのだと、信じています。
 21世紀の日本柔道が果たしうるべき役割は、「柔道を通した人づくり」と「柔道を通 した国際交流」、この二つが、非常に大切なものであると、強く訴えたいと思います。


 





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