日本柔道が果たすべき役割−人づくりと国際交流−
武道 2002−01












すばらしかった日本の教育

 江戸時代までの日本は、藩校や寺子屋などにおいて、日本人としての志、思想を培う教育がなされてきたはずです。人間として大切な柱を作る教育があったのだと思います。
 貧乏を恥ずかしいと思わない、何よりも名誉を大切にし、人間としての誇りを持ち、美しさ、清々しさ、潔さを大事にする心。そして、目に見えないものに畏敬の念を抱き、自然と調和しながら、周りの人々と協力し合い、思いやって生きていく。かつての日本人には美しい心があり、すばらしい生き方があったのだと思います。
 残念ながら、我々の現在の生活の中には、そういった美しさは残っていないのではないでしょうか。日本は歴史の中で常に、教育というものを大事にしてきました。それが、我々の遺伝子には、しっかり刻み込まれているはずです。この遺伝子を目覚めさせなければいけないと思うのです。
 今の世界は、西洋の考え方が中心になっているように思います。私なりの頭の整理では、西洋の考え方というのは、科学を信仰し、科学は万能だ、目に見えることだけを信じ、目に見えないものは信じない。そこから、教育もやはり科学的教育偏重になっているのではないでしょうか。そういう歴史の中で、人間は万物の霊長である、あるいは自然を支配する、という考え方となり、これが現在の人間の思い上がりとなり、いろいろな問題が随所に現れているのではないでしょうか。
 我々はやはり生かされているのだと思います。目に見えない存在、偉大な存在を信じ畏れて、自然と調和しながら、地球上のすべての生物と共存していく、そういう姿勢が求められると思います。
 我々は、明治維新以降に、あるいは、戦後失ってしまった日本人の心というものをもう一度学び直し、教育することが大切です。そうした教育の中で学び、価値観を持った日本人であれば、世界の役に立ち、また、世界から信頼される日本人たり得るのではないでしょうか。
  ドイエ選手からの手紙  次に、私の専門であります柔道の課題について、21世紀の日本人の果 たすべき役割という点でお話しします。
 はじめに、シドニーオリンピック柔道男子100kg超級で優勝したフランスのドイエ選手の話をしたいと思います。  ドイエ選手は昨年3月末から4月にかけて来日しました。その前に私のところに「日本へ行きたい、ぜひ会いたい」と手紙が届きました。私はフランス語がまったくわかりませんが、手紙の最後の部分の彼のサインの上に「よろしくおねがいします」と日本語で書かれていました。おそらく、日本語のできる人に習ったのではないかと思います。これを見て彼の真剣さを感じました。
 私自身、シドニーの決勝戦については、いまも篠原の内股すかし一本であると思っています。しかし、この手紙を読んで、彼も本当の柔道家だなと、チャンピオンにふさわしい人間だなと、思いました。手紙の最後のほうに、こう書いてありました。「今回の訪日については、敵地に一人で乗り込むようだと、周りの友人はすべて反対しました」
 彼はこの問題を通して、日本とフランスがお互いに中傷しあうことを何としても避けなければ、と思ったのでしょう。世界の柔道の発展のために、力を合わせていかなければいけない国同士が、いがみあうことに耐えられなかったのだと思います。だから日本に行って誤解を解くために話し合いたい、と言ってきたのです。そして世界の柔道のためにいっしょに力を合わせてやっていきたい、そういう思いがこの手紙の中には込められていたような気がします。


  日本柔道が果 たすべき役割‐人づくりと国際交流‐
 





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