メッセージとご報告

2006年05月29日
なごみ5月 わが師を語る
柔道家として、ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得するなど輝かしい偉業を成し遂げた山下さん。現在は国際柔道連盟の理事として、柔道のさらなる発 展に尽力しています。柔道を通じて日本と世界の架け橋になりたいと語る山下さんの活動の原点である東海大学創始者松前重義元総長の教えについてお話をうか がいました。

山下さんの恩師について教えてください。
私は現在、柔道を世界中に広め、柔道を通じて日本のこころを多くの人達に伝える活動をしています。そんな私の活動に最も大きな影響を与えたのは、母校であ る東海大学の創   始者・松前重義元総長です。

総長は私と同じ熊本出身で、政府の高官をされ、工学、教育、スポーツ振興、政治など多方面で活躍をされた方です。特に日本と旧ソ連の国民間の交流を大切に し、「大シベリア展」を開催したり、「日ソ円卓会議」を催したりと、民間外交の指導的な役割を果たされた方でした。

スポーツ振興の面では、総長ご自身も柔道が大好きということもあり、国際柔道連盟の会長を8年務めるなど、柔道の普及発展に尽力され、私のことも陰になり 日向になり、応援してくれました。

松前総長と初めてお会いしたのは高校1年の時のことです。熊本で柔道大会が開催され、その時にお目にかかりました。その後、松前総長の強い勧めもあり、東 海大学付属相模高校へと進みました。

特に印象深かった松前総長の言葉について教えてください。
選手時代に何度も総長から言われたことなのですが、「山下君。僕がなんで君を一生懸命応援しているか分かるかい? 柔道の試合で勝ち続けて欲しいというこ とも、もちろんあるけれども、決してそれだけじゃないんだ。日本で生まれ育った柔道を通じて、世界の若者達と親交を深めて欲しい。さらには、スポーツ交流 で世界平和に貢献できるような人間になって欲しいんだよ!」と。しかし、当時は頭では理解していたけれども、身体で実感することはできませんでした。

総長の言葉を実感できるようになったのは、残念ながら総長がお亡くなりになってからのことです。時間が経てば経つほど、この言葉が、だんだんと重みを増す ようになり、私のスポーツ国際交流というライフワークの原点となりました。

松前総長は山下さんにさまざまな経験をさせてくださったそうですが。
私が高校2年生の時に、東海大学柔道部でヨーロッパ各国や旧ソ連などに海外遠征をしたことがありました。海外に遠征すると、先方の国の代表と、今後の活動 の方針について話し合う会議の場が設けられることがあります。旧ソ連に行った際、総長は国際的な会議というものを私に見せるために、同席をさせてくれまし た。これは後に総長の秘書の方から開いたのですが、「山下君は将来、日本と海外との交流で、大事な場面に出ていくことがあるだろうから、その時のために少 しでも多くの場を経験させてあげたい」とおっしゃっていたそうです。

総長のおっしゃった通り、大切な場に出ることになったのは、2003年に小泉総理とともに、遷都300周年記念式典参加のため、ロシアのサンクトペテルプ ルグに行った時のこと。

実は小泉総理が、前回プーチン・ロシア大統領と会談された際に、「次に来る時は、柔道の山下も連れてくるから、柔道場で会談をしましょう」とお話をされた そうです。プーチン大統領は、週2回は柔道着に袖を通すほどの柔道好き。小泉総理もそのことを踏まえてそうおっしゃったのでしょう。しかし、大統領のスケ ジュールの都合や、柔道場までの移動時間、警備の問題などがありなかなか決定しませんでした。

ロシアへの出発日の十日ほど前のことだったでしょうか、夜に外務省から電話があり、「たった今、ロシア外務省から電話があり、プーチン・小泉両首脳会談が 柔道場で行われると決まりました。一緒にロシアに行っていただけますね」と。分かりましたと言って受話器を置いた瞬間に、松前総長が喜んでいる姿が目の前 に浮かんできました。

この300周年記念式典には、世界の首脳達が出席しましたが、アメリカのブッシュ大統領以外で、プーチン大統領と首脳会談ができたのは小泉総理だけと聞い ています。

以前はそんなに意識することはなかったけれども、節目節目で総長が生前も、そして現在も私を導いてくれているのだなと感じるようになりました。

世界各国との交流を通じて、目指すものについて教えてください。

松前総長のスポーツ交流の意志を受け継ぐ形で、今年の4月からNPO法人柔道教育ソリダリティーというものを発足させました。国際柔道連盟に加盟している 国は現在、191カ国。その3分の1くらいの国では1着の柔道着が、3カ月分の給料を出さないと買えないんです。だから、そういった国々に柔道着を送ると か、指導者を派遣するとかいった活動を中心に行っています。

しかし、ただ単にものを送り、技術を送るだけという支援ではなく、「こころ」を伝える活動につながるようなことをしていきたい。柔道の「こころ」で最も大 切なことは、相手に対しての敬意です。柔道は相手がいなくてはできません。相手は敵ではなく、お互いを高めあっていく存在なわけです。この「こころ」を伝 えていきたい。

柔道で世界の人々と交流することで、日本文化や日本人にもっともっと興味を持ってもらったり、信頼を寄せてもらいたいのです。もっと多くの人たちと協力を して、20年後30年後に今の活動が実を結ぶよう努力していきたいと思っています。
一覧ページに戻る