メッセージとご報告

2003年10月28日
世界柔道選手権と世界柔道連盟(IJF)総会
(2003年10月28日)
 
 
今回は9月に大阪で行われた世界柔道選手権と世界柔道連盟(IJF)総会に関してです。

世界柔道選手権は大いに盛り上がったと思います。地元開催で金メダル6個、合計で9つのメダルを獲得しました。日本チームはよくがんばってくれました。特 に初日、最終日はすばらしい結果でした。オリンピックの代表枠を取れない階級もありましたが、全体的には声援に支えられて追い風に乗りました。この勢いを 今後にもつなげて欲しいと思います。

斉藤監督・吉村監督の指導は見事です。男子では100kg級の井上選手が目立ちました。5試合全てでポイントを取らせず1本勝ち。合計で7分半しか時間を 使いませんでした。研究してきた相手に対して完勝。2000年のオリンピック、01・03年の世界選手権と世界の3大会連続でオール1本勝ちです(私もで きませんでした)。無差別級に選ばれなかったことをエネルギーに換えて、全てをプラスの方向に持ってきた結果は見事というほかないでしょう。

また重量級の2人も優勝しました。100kg超級の棟田選手、無差別級の鈴木選手。課題は残りましたが、大きく伸びることを期待させる戦いでした。 2004年のアテネオリンピックの代表は、この2人に井上選手を加えた3人の世界王者で2つの枠を争うという激戦になります 。



女子はいい体制が整ったと思います。田村選手の6連覇、阿武選手の 3連覇はすばらしい結果です。アテネにも向けてつなげていって欲しいと思います。そして上野選手の2連覇も充実した内容でした。立ち技からの寝技への移行 は天下一品です。思わずうなってしまうほどでした。来年に迫ったアテネオリンピックに向けて、日本選手は順調に結果を残したと思います。

IJFのパク会長も「大会は大成功で非常に満足している」と話されていました。TV放送も視聴率が高かったと聞きました。大会の成功は関係者の尽力による ものですが、特に大阪府柔道連盟の皆さんの努力が実を結んだものだと思います。私と同じくらいの年代の方々が、朝早くから遅い時間まで大会を支えておられ るのを見て、頭が下がる思いがしました。

大会の反響もたくさんいただきました。一般の方からは「良かった」「面白かった」という意見が多く、柔道の醍醐味を味わっていただけたのではないでしょう か。特に今回は全試合の65%が一本勝ち、73%の試合が終了のブザーを聞かずに決着しています。

しかし、柔道経験者からは「ショー化しているのではないか?」というご指摘もありました。確かに柔道は「K1」や「PRIDE」といったエンターテイメン トの要素が強い格闘技とは原点が違うと思います。いい意味での柔道らしさ(人間形成の側面、柔道を通しての交流、対戦相手を敵ではなくお互いを磨く仲間と して尊重するなど)は守っていかなければいけない部分です。

一方で一般の人にも、特別なスポーツではなく、受け入れられる、惹きつけるスポーツになる必要があると考えます。迎合するわけではなく、理解してもらうこ とは柔道にとって大事なのではないか、と個人的な意見を持っています。

またこれとは別に大きな議論を巻き起こしたことがありました。それは日本選手の髪の毛やマナー、礼法、柔道着などの問題です。

日本選手の何人かが髪の毛を染めて出場したことについては、「髪の毛を染めた選手は、柔道教室には来て欲しくない」など苦情のメールが届きました。IJF の理事からは「にんじんの食べ過ぎで髪の毛が赤くなったのかね。今度はキャベツを食べさせては?」とも言われました。

人を外見だけで判断したくはありませんし、髪の毛を染めたことが良いか悪いかは議論しづらいことです。ですがこういったことは、その人の行動の様々な部分 に出てくると思います。海外の日本人指導者からは「日本を見習えと教えてきたのに…」と、髪の件だけでなく、礼を欠いた態度をとった選手を見て、涙ながら に言われました。

そして柔道着も大きな問題になりました。ある日本選手の対戦相手数人から「柔道着が滑って持てない」とクレームが入りました。そのため準決勝では違う柔道 着を使うよう要請したのですが、その選手は前と同じ柔道着で試合場に現れました。そのため、その場で違う柔道着に着替えさせることになったのです。柔道着 は没収され、調査のためフランスへ送られました。



世界選手権やオリンピックは一個人ではなく、国を代表して戦うものです。代表選手として公私の区別が必要です。 近年私のみを重視し、公が低下したと言われていますが、日本代表という公の立場である以上、それにふさわしい立ち振る舞いをしなければなりませんし、疑惑 を持たれることをしてはいけないのではないでしょうか。

時代は変化しますが、柔道の理念や原点は受け継がなければいけません。柔道の形は変わっても魂は継承されなければいけません。伝統とは形を受け継ぐことで はなく、精神、魂を受け継ぐことだと思います。現在は物質文明の世界ですが、それゆえに目に見えないものを大切にする、それが重要だと思います。

続いて世界柔道連盟(IJF)総会に関してのご報告です。

世界選手権に先立ち行われたこの総会で、教育コーチング理事になりました。総会では拍手で承認され、国内外の期待を感じています。今回は公約として3つの ことを掲げました。他の理事の方々と協力して、実行していきたいと思います。

1 柔道がオリンピックスポーツとして理解され続けるようにする
2 柔道が多くの国に普及、発展するよう尽力する
3 柔道の教育的価値を認識し、高める

柔道がこれからもずっとオリンピック種目である保証はありません。しかし、五輪種目であるかどうかは普及、発展に大きく影響してきます。スポーツを取り巻 く環境も変化していますので、柔道も対応していく部分も必要でしょう。柔道界以外の視点や意見も大切にしたいと思います。

次に柔道の普及、発展では、柔道を一部の人のスポーツではなく、多くの人から支持される、やりたい人ができるスポーツにできればと考えています。また同時 に柔道が普及することは日本を理解してもらうことにもつながります。海外の柔道家は、日本に対しての理解が深く、親しみを持たれている方が多いようです。 そういった意味でも柔道は海外交流の架け橋になれ、外務省や各財団、海外協力隊などと目指す方向が一致しているのではないでしょうか。

できましたら皆様にご支援や応援をいただければと思います。特に発展途上国ではまだまだ柔道着を買うことができない人もたくさんおられます。こういった国 に進出しておられる企業や団体の皆様から知恵やお力を貸していただいて、柔道の普及だけでなく、日本への理解を深めていく活動の方向性を探りたいと思いま す。



最後に教育的価値に関してです。スポーツそのものに教育的な要素がありますが、とりわけ柔道には教育的価値が高いと思います。オランダでは収監施設を出る 少年に、柔道場を紹介するケースもあるそうです。世界各国で教育が荒廃しているなか、この点で柔道が貢献できることは大いにあるでしょう。またコーチや トップ選手のマナー、そして試合結果にのみこだわった風潮も考えていきたい問題です。

IJFの理事になってこれから様々な活動を行いますが、やはり多くの友情や人脈が大きな力になります。選手、コーチ、監督時代に培ってきたものを財産にし ていきたいと思います。さっそく10月中旬にはマルタ島へエデュケーション&メディカルセミナーに参加し、勉強や意見交換をしてきました。やはりこの分野 では欧州が先進的役割を果たしています。このご報告はまた次回にお話したいと思います。
一覧ページに戻る