「柔」の人、プーチン大統領の黒帯

 
「精力善用、自他共栄」

 柔道、あるいはスポーツに対するプーチン大統領のこうした考え方は、世界の首脳陣にも影響を与えているようです。
 2001年7月、ジェノバで開かれたサミットの際、ベルルスコーニ・イタリア首相は記念品として各国首脳に『柔道わが人生』と題する本を配りました。もとはロシア語によるこの原書の著者3人のうち1人が、プーチン大統領です。なぜ、ベルルスコーニ首相はこれを贈ったのか。当時の報道によれば、その真意は次のように説明されています。
――柔道の創始者、喜納治五郎師範は「精力善用、自他共栄」の精神を唱えて講道館を創設した。それこそが、ここに集まった先進国の首脳に求められるもっとも重要な資質の1つである。
 己のエネルギーを最大限に生かして善きことに努め、相手を敬い、自他ともに栄えある世の中を築くこと。日本で生まれたこの精神は、もはや柔道家や国の枠を超えて、全世界の人類に共通して求められ姿勢だといえます。ベルルスコーニ首相やプーチン大統領は、日本人以上にそのことをよく理解しているのでしょう。
 私の恩師である東海大学の初代総長、故松前重義先生は、「君を応援するのは、ただ試合に勝ってほしいからだけではない。日本で生まれ育った柔道を通じて世界中の人たちと友好の絆を結び、世界の平和に貢献できる人間になってほしいからだ」と、生前よく口にされていました。先生はまた、「みんなの目がアメリカばかりに向けられているときだからこそ」と、旧ソ連・東欧との民間外交に尽くした人でもあります。志を同じくする人物がロシアの大統領になったと知れば、きっと喜んだに違いありません。

日本と世界を結ぶ「柔道ルネッサンス」

 講道館と全日本柔道連盟は一昨年、嘉納師範が提唱された柔道精神の原点に立ち返り、人間教育を重視した事業を進めるための合同プロジェクトを発足させ、「柔道ルネッサンス」と命名しました。
 柔道をはじめとする競技スポーツはこのところ、ともすれば技を競い合うことばかりが重視され、戦績だけにこだわる傾向が見られます。私も監督として全日本チームを率いる身ですから、日本柔道の強化は至上の命題ではあります。しかし、柔道が担うべき役割はそれだけでは終わりません。嘉納師範が柔道修業の最終目標と定めた「己の完成」と「世界の補益」に拠って立ち、教育面から青少年の心身を支えることが、柔道本来の使命であると考えます。
 現在、国際柔道連盟には188の国や地域が加盟しています。柔道がこれほど普及したことと、その教育的価値は無縁ではないでしょう。また、この広がりをもってすれば、柔道を通じた民間外交で国際社会の架け橋となることも、ひいてはそれを全スポーツの役割へと発展させていくことも夢ではないはずです。
「柔」の本当の意味を知る異国の大統領は、私たち日本人に改めてそのことを気づかせてくれたように思います。(談)






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