講演録 / 新聞・雑誌クリッピング

2007年11月07日
2007年8月29日に行われた日本武道学会第40周年記念大会 での山下の講演録を掲載しました。

2007/11/7 2007年8月29日「日本武道学会第40周年記念大会」講演
「柔道の国際的普及と課題」
国際柔道連盟教育コーチング理事 東海大学教授  山下 泰裕

ご紹介いただきました山下です。「柔道の国際的普及と課題」をテーマに国際柔道連盟教育コーチング理事の立場から話します。



国際柔道連盟(IJF)の組織について
 国際柔道連盟(IJF)の規約第1条には、「国際柔道連盟は、嘉納治五郎により創始された心身の教育システムであり、かつオリンピック実施種目としても存在するものを柔道と認める」と記されています。公用語は、英語、スペイン語、フランス語です。

 組織を簡単に説明します。理事会のメンバーは、会長1名、副会長5名、事務総長、財務総長、スポーツ理事、審判理事、教育コーチング理事で合わせて11 名です。副会長は、各大陸柔道連盟の会長です。つまり、アフリカ大陸の副会長は、アフリカ大陸連盟で選ばれたアフリカ連盟の会長であるわけです。副会長の 5名を除いたメンバーは、会長を始め総会によって選出されます。2年ごとに開催される世界選手権と同時に総会が開催され、半数の3名ずつ選出されます。

 スポーツ理事、審判理事、教育コーチング理事の下には、各大陸からの委員がおり、そこで、スポーツ委員会、審判委員会、教育コーチング委員会が開催され ます。他に、オフィシャルリサーチャー、メディアコミッショナーがおります。今日のパネリストであるミッシェル氏はオフィシャルリサーチャーです。

 現在、国際柔道連盟の加盟国は、195カ国です。大陸別に見ると、ヨーロッパが多く、次がアフリカ、そしてパンアメリカ、アジア、オセアニアとなります。新たに独立する国、あるいは分裂する国もあり、各大陸とも加盟国は増えています。

 柔道がオリンピック種目に採用されたのは、昭和39年の第18回東京オリンピックからです。女子柔道は、平成4年バルセロナオリンピックから正式種目に なりました。世界選手権大会は2年毎の開催です。第1回大会は昭和31年に東京で開催されました。女子は1980年にニューヨークで第1回が開催されまし た。2007年9月にブラジルのリオデジャネイロで開催される世界選手権は、男子25回目、女子12回目となります。

柔道衣を支援する
 教育コーチング理事の活動について述べます。主な活動としてリサイクル柔道衣の配布があります。先程、195ヶ国が加盟していると話しましたが、その多 くが開発途上国であり経済的に貧しい状態です。1着の柔道衣を買うのに、3ヶ月分の給料が必要であったり、1000円や2000円の物を購入することも困 難であったりします。短パン、Tシャツ姿で柔道を行っています。日本では考えられないことですが、1着の柔道衣を何人かで回して着ている国もあります。そ こで、柔道衣メーカーや中学校、高校の協力の下、要請のある国へ柔道衣を送っています。まず学校の授業で使用した柔道衣を先生方が集めて洗濯し、東海大 学、筑波大学へ送ってこられます。そうすると、学生ボランティアが分けて整理し、発送するわけです。費用は、年間350万円程かかりますが、全日本柔道連 盟が負担しております。

 私の前々任者の佐藤宣践先生(前東海大学体育学部長)が教育コーチング理事になられた時にこの活動を始められました。そして、前任の中村良三先生(前筑 波大学教授)が引き継がれ、今は私が担当しています。1990年からの17年間で世界139ヶ国に34,764着の柔道衣を配布しました。

DVD教材の製作と日本人指導者の派遣
 次に教育普及用DVD教材の製作について説明します。1枚目のこれは、「学校教育に柔道を」というタイトルです。日本のみならず世界の国々で学校教育の 中に柔道が取り入れられていますが、決してその数は多くありません。学校教育の中に柔道がもっと入れば、柔道を通して日本文化、すなわち日本の心を子供た ちに伝えることが出来るのではないだろうか。世界の国々で学校教育に柔道を入れることを目指し、日本をモデルとするDVDを制作しました。

 2枚目は、子供たちにいかに面白く楽しく柔道指導を行うかを目的とする「子供たちへの柔道指導」を作成しました。この分野は、ヨーロッパなどが熱心に取 り組んでいますから、あえて日本人指導者を入れず、フランスとイギリス、そしてイタリアの指導者に協力していただき作成しました。そのお一人がミッシェル 氏です。DVDは、英語、アラビア語、スペイン語、フランス語、日本語で作成し、柔道界の主要言語に対応しております。
3枚目は、柔道護身術に関する「柔道セルフディフェンス」です。世界の国々では護身のために柔道を始める人達が多くいます。世界各地で護身術を熱心に教えている先生方に集まっていただきカンファレンスを開き、その記録をDVDにしました。

 これらのDVDは、全日本柔道連盟、国際交流基金、日本の民間企業の絶大な支援によって製作し、無料配布しました。
他に、国際オリンピック委員会(IOC)のオリンピックソリダリティーコースへの指導者派遣事業があります。IOCが主催する、スポーツ発展途上国や経済 的に貧しい国々のスポーツ指導者支援の講習会に、講師を派遣しています。IOCからの派遣依頼を受けて、私が講師に対して依頼します。日本から良い指導者 を送って欲しいという要請が多いですね。

女性コーチングセミナーを開催
 昨年12月に国際柔道連盟主催の第一回女性コーチングセミナーを福岡県宗像市で開催しました。なぜ1回目なのか。女子柔道が世界的に普及したのにも係わ らず、女子柔道への理解や女性選手に対する指導の支援は充分でないのが現状です。日本を始め、世界のスポーツ界及びIOCでは、女性の活躍の場を選手のみ ならず広く指導者や役員などにも求めております。女性特有の問題や男性が気付かない差別など、いろいろな問題があるようです。これらのことが開催したセミ ナーで初めて話し合われました。

 6泊7日の期間中に、女性指導者の技術的な向上はもちろん、さまざまな問題を語り合いながら、女性柔道指導者のネットワークを構築しました。ネットワー クが出来れば、これから意見交換が可能になり、女子柔道にもっと光が当たるようになると考えております。このセミナーは、全日本柔道連盟と日本企業の全面 的支援を受け、滞在費等も賄いました。今後とも女子柔道指導者への支援、及びネットワーク作りを広げていかなければならないと思っています。

研究者のネットワーク作りも
 昨年、国際柔道研究者会(IAJR=International Association of Judo Researchers)の立ち上げに参加しました。各国に柔道研究者は多数いますが、研究者同士のネットワークがなく、プラットフォームがありません。 私は、この会によって、研究者のネットワークが出来る。それを通して柔道に関する学術研究の様々な情報を得ることが出来る。また、世界の国々の柔道研究者 が協力しながら研究を進めることも出来る。そして、研究成果を共有し、より深い研究につながると考え、参加しました。

 少し恥ずかしい話をします。国際柔道連盟でこの話をしますと、「いいことじゃないか」と賛成を得ましたが、支援をお願いすると「お金を支援をすることと は違う」と断られた経緯があります。そこで、IJFではなく別団体より3年の期間に年間1万ドル(約120万円)の支援を得て、なんとか軌道に乗せたいと 思っています。3年間で軌道に乗らなければ、やめることも考えております。その後は、メンバーを中心に研究者が自らの資金で運営していく考えです。

柔道で異文化理解を推進する
 オリンピックや世界選手権などの世界規模の国際大会には各国を代表する指導者が集まります。そういった時に、コーチ会議を開催しております。選手や指導 者のマナーや柔道精神、また国際柔道の動向に関して話し合います。指導者レベルに柔道情報が届くのが遅く、ですから彼らと提携しながら意見交換を行ってお ります。

 ところで、私が国際柔道連盟教育コーチング理事に就任する直前に、全日本柔道連盟の国際委員会を中心として「海外への柔道普及のための柔道指導者の派遣 目的」という指針を作成しました。年間50~60名もの日本人柔道指導者が海外で様々な指導を行っているのですが、派遣目的を成文化したものがなかったの です。

 「柔道を通した国際交流、異文化の交流により、柔道が日本と派遣先あるいは世界を結ぶ架け橋となる」
この考えを明確にしました。指導者は、技術指導だけではなく、柔道の心や柔道の持つ教育的価値について適切な助言を行う。また、派遣先では柔道関係者のみ ならず多くの人々と交流し、幅広い信頼関係を築く。つまり異文化交流によって日本の心や文化を理解してもらう。これらを目的に、講道館及び全日本柔道連盟 では指導者を育成し派遣する。このような努力をしています。

 私自身は、選手時代、全日本チーム監督時代、そして現在と、海外に出る機会が多く、世界を回っていますと、柔道や武道の関係者は日本への関心が高いが、 そうでない人々は低いのが現状です。したがって武道を通して、日本及び日本文化への理解を広げていきたいと思っております。

 柔道では礼を重んじます。戦う相手は敵ではなく、自分を高める存在です。相手に対して尊敬する心を持つことが大切です。しかし、世界の文化は多様ですか ら、例えばイスラム文化圏では頭を下げるのはアッラーの神のみです。当然のことながら日本式礼法への抵抗感があります。また、欧米の習慣から見れば、日本 人の「お辞儀」は「お詫び」と受け取られるケースが多く、「どうして柔道を始める前に謝ってから始めるのか、終わってからまた謝るのか」と思う人も少なく ありません。しかし、柔道に触れていくうちにその意味を理解し、柔道で相手に敬意を示すことの大事さが分かってくるようです。

 柔道で使用される「礼」「始め」「引き分け」「一本」などの用語は、日本語です。外国人にとっては、最初その意味を全く理解することが出来ないでしょ う。我々日本人が他の言語を聞いているような感じだと思います。しかし、柔道を通して段々と言葉の意味が分かるようになり、日本文化に関心を抱くケースが 多く見受けられます。

 ロシアのプーチン大統領は、ロシアでは柔道4段、来日した折に講道館の名誉6段になりました。最後に、2003年6月1日にNHKワールドモーニングで放送されました大統領へのインタビューの様子をご覧ください。

(録画を流す)

 これは、昨年亡くなられた橋本龍太郎元首相のご助言で、プーチン大統領の出身地であるサンクトペテルブルグ市を訪れたときの映像です。同市の300周年 記念行事で小泉元首相とプーチン大統領との会談を実現させるため、私がまず柔道が大好きなプーチン大統領にお会いしたのです。
この時は、世界各国の首相が集まっている中で、アメリカのブッシュ大統領と小泉元首相だけが対談することが出来ました。柔道が国際政治の分野でも交流に役割を果たしている一例として、ご理解いただけると思います。

 ご清聴をありがとうございます。

 

一覧ページに戻る