講演録 / 新聞・雑誌クリッピング

2005年10月17日
柔道を通じた国際交流 ウラジオストク武道演武会を終えて
THE JAPAN FOUNDATION NEWSLETTER
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英文記事(PDF)
ジャパンファウンデーションは、東海大学、国際武道大学、ロシア極東国立総合大学、在ウラジオストク日本総領事館との共催で、去る6月29日~7月2日に かけて、ロシア・ウラジオストク市で、日本武道を総合的に紹介する演武会およびセミナーを開催しました。日露修好150周年を記念して実施された本事業 は、柔道を中心に武道の愛好者が多く、選手レベルも高いロシアにおいて、多いに注目を集めました。

指導者・後援者として参加した山下泰裕氏に、このウラジオストク武道演武会の模様と、柔道を通じた国際交流について、お話をうかがいました。

―ウラジオストクでの演武会の様子はいかがでしたか。

山下 盛況でしたね。東海大学と国際武道大学から、総計80人の柔道、剣道、合気道、居合道、薙刀の指導者、選手が参加して、東海大学所有の望星丸という船でウラジオストクに行ったのです。

実は、船で海外に行くのは、今回が初めてでした。港に到着した時点ですでに300人近い人たちが私たち一行を出迎えてくれて、その場で歓迎セレモニーが始 まりました。スピーチや地元の合唱団や舞踏団の歓迎コンサートがあり、自分たちが歓迎されているということが実感できました。ですから、演武会も非常に盛 り上がりました。

演武会そのものは、2日間にわたって行われました。初日に私が1時間ほど、自分とロシアとの関係、柔道が目指しているもの、柔道の心とは、といった内容で 講演を行い、2日目にメインである各武道のデモンストレーションと、日本代表団とロシア人参加者による柔道と剣道の交流試合を行ない、幕を閉じました。

また、これとは別に、丸々一日を使って、地元の柔道選手、指導者への技術指導を行いました。このときは、子どもから大人まで男女100人ほどの地元の選手や指導者が集まったのですが、とにかく貪欲なくらいに柔道を学ぼうという意欲が伝わってきました。

これまでにも中東、アジア、アフリカ、欧米のさまざまな国や地域で柔道を指導してきましたが、どこへ行っても常に感じることは、お互いに柔道着を着ている と言葉や習慣の違いを越えて、誰もが理解し合える仲間だという気がしてくることです。これが柔道、スポーツのよいところでしょうね。

―日本の武道についての強い印象を残してきたということでしょうか。

山下 はい。実は、ウラジオストクから戻ってからすぐに、現地の柔道連盟から東海大学の総長宛てに感謝の手紙とともに指導者を派遣してほしいとの要請の手 紙が届きました。2年、あるいは1年間でもよいから、柔道指導者を派遣してほしい、また学生ボランティアを学校が休みの期間に送ってくれないか、というも のでした。

山下 こうした手紙をいただくということは、それだけ私たちの活動がウラジオストクの人々に強い印象を残したということだと思います。そして大切なこと は、これをスタートとしなければならないということでしょう。確かに、今回の演武会は日露修交150周年記年次行の一環として行われたわけですが、これを 一過性のものとして終わらせることなく、武道、柔道を通した日本とウラジオストク、ロシアとの交流をさらに進めていくことが重要だと思います。特に、今 回、ジャパンファウンデーションが、東海大学と国際武道大学の国際交流事業に積極的に参加してくださったことは、非常に意義深いことだと思っています。

-海外で柔道を指導する際に、どのような点に注意を払っていらっしゃいますか。

山下 私の場合、"これは柔道指導であるけれども、その前に異文化交流である"ということを常に念頭に置いています。

そればどういうことかというと、柔道を教えに来た、という高いところに立ってものをいうような態度は捨てて、まずこちらが相手の文化、習慣を理解するよう に努力することから始めるということです。そして、その次に、こちらの持っている文化を相手に伝えるということ。そうすることが相互理解につながっていく と考えています。

自分が相手に伝えるのは、単に柔道の技術だけではない。自分の持っている柔道の技術を生かしながら、柔道の精神や柔道の教育的な価値、ひいては日本の文化、思想というものを伝えているのだと。

こうして築き上げていく関係は、柔道関係者だけに止まりません。柔道以外の分野の人々とも出会いがあり、個人的な信頼関係が出来上がっていきます。そうし たすべての人と人のつながりが、日本とその国を結ぶ架け橋になる。これが柔道による国際交流であると考えています。

ですから、自分が指導する立場にあるからといって相手を見下すような態度は間違っています。

―常に対等な立場でありたいということですね。

山下 そうですね。世界には多くの貧しい国、小さな国があります。彼らはほかの国の人間から無礼なふるまいをされても、それを表面には出さず、ぐっと我慢している。でも、そうした国ほど、民族としての強いプライドを持っています。

ですから、支援することのできる立場にある人間は、同じ目線に立って一緒に努力しようという態度で接することが大切です。そうすることが彼らのとっては、非常に大きな喜びであるからです。

私が常に自分に言い聞かせていることとして、誰に対しても同じ態度で接することのできる人間でありつづけたい、ということがあります。柔道着を着て、畳の 上に立ったときには、誰もが平等な一人の人間なのです。私が海外で柔道を指導するとき、その99%は私が相手に教えることですが、それを通して私が彼らに 教えられることもある。だからこそ、ともに学ぼう、ともにいい汗を囲うというスタンスは変えたくないな、と常に思っていますね。

―現在、柔道はオリンピック競技にもなりスポーツとして広く世界で行われていますが、その一方で日本古来の武道としての側面もありますね。

山下 いろいろな理解の仕方があっていいと思います。スポーツ競技として行う人もいるでしょうし、武道であるとの認識の上で行う人もいる。あるいは健康のためや護身術のためにやってもいいと思います。

私の場合には、柔道はスポーツだと思っています。それも他のスポーツとは異なり、武道的な要素を持った、教育的な価値の高い、そして日本の心を伝えるスポーツである、と。

今後も柔道がオリンピックをはじめ、国際的なスポーツとして普及していくためには、柔道を経験したことのない人が見てもわかりやすく、理解しやすいダイナ ミックな競技にしていく必要があると思います。また、それが国際柔道連盟教育コーチング理事である私が推進していることでもあります。

―山下先生にとって、柔道の精神を表現している言葉とは何でしょうか。

山下 やはり『和』でしょうね。なぜなら私と組み合ってくれる相手がいて、はじめて柔道をやる自分が存在するわけですから。また柔道を創立した嘉納治五郎 先生の「勢力善用、自他共栄」という言葉も、柔道のあるべき姿を表現している言葉として、非常に好きですね。

もちろん私自身、選手時代はどこまでも勝ち負けにこだわって柔道を行なってきた人間ですから、オリンピックでの勝ち負けの重要さを否定するものではありま せん。しかし、柔道には社会貢献、国際交流というもっと違った役割もあるのだということは、今後も多くの人に理解してもらいたいと思っていますし、そのた めの活動を積極的に進めていきたいと思っています。

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