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望星学塾だより 無限 第238号 第273回 望星講座
日露修好150周年ウラジオストク武道演武会
〜武道の技と心の交流


第273回 望星講座 日露修好150周年ウラジオストク武道演武会 〜武道の技と心の交流   第273回望星講座は、東海大学創立者松前重義博士の生誕日10月24日に行われました。今年の夏に実施された「ウラジオストク武道演武会」に関する演題で開かれ、冒頭に演武団団長の松前達郎東海大学総長(本塾塾長)から挨拶があり、東海大学体育学部の橋本敏明、山下泰裕の両先生が内容と感想を述べました。

司会 本日、10月24日は、望星学塾の創立者であります松前重義先生の生誕の日でございます。毎年10月の望星講座は生誕の日に開かせていただき、松前重義先生に関わる活動をテーマにしております。さて、今年は日露修好150周年を迎えます。その記念事業として、東海大学、国際武道大学、ロシア極東国立総合大学、在ウラジオストク日本総領事館、国際交流基金の共催で、ロシア・ウラジオストクで日本武道を総合的に紹介する武道演武会を開催いたしました。

本日は、訪問してまいりましたときのことを 「武道の技と心の交流」と題しまして、私、橋本と、山下泰裕先生が、お話させていただきます。

ウラジオストクでの熱烈な歓迎
武道を通して人と人とのふれあいを深める、日本とロシアの友好と相互理解を深めることを目的に、6月29日から7月2日にかけて、ウラジオストクで武道演武会が行われました。

松前達郎総長を団長に、役員30名、学生48名、計78名。居合道、なぎなた、剣道、合気道、柔道、空手道の各道で武道団を編成し、訪問いたしました。

ウラジオストクへは、小樽から望星丸に乗り込んで訪問いたしました。東海大学の船は、日本国籍船として戦後初めてウラジオストクへ入港した実績があります。

我々が入港いたしますと、青いTシャツを着たロシア極東国立総合大学の若者たちが、日の丸の旗を振って出迎えており、さらに、ロシア民謡を歌って盛大に歓迎してくれました。

ロシア極東国立総合大学は、47学部153学科を有する、ロシア有数の歴史ある大学です。日本語を学んでいる学生が通訳を務めてくれたのですが、私よりも上手なのではと思われるほど流暢な日本語でした。
到着した29日には、武道フォーラムと 「ロシア柔道史展〜ウラジオストクはロシアにおける柔道の揺り籠」 のオープニングセレモニーが行われました。ここでは、1907年に来日したオッシエプコフ・ワシーリイが、帰国後に柔道を紹介し、普及させたことや、その後、研究工夫を重ねてソ連 (ロシア) の格闘技である 「サンボ」 の基礎を考案、体系化したということが紹介されていました。世界各国の柔道の歴史に関しては、日本に資料も少なく、研究も十分ではありません。こうしたことに取り組んでいくことの大切さも今回痛感いたしました。

午後からは、日本センターの教室で、「武道と教育」 というテーマで武道フォーラムが開催されました。このフォーラムの目的は、武道の実技だけでなく、学術的な交流のきっかけになれば、と開かれたもので、ロシア側からは、ウラジオストクの剣道連盟の会長、ボリス・ミーシンさんとロシア科学アカデミーの研究員で、柔道のロマン・グヴォーズデフさんが発表し、日本側からは、私と、国際武道大学体育学部長、剣道で高名な蒔田実先生が発表しました。

6月30日、7月1日には各道に分かれて武道セミナーが行われ、各道の人たちによって、和やかで真剣な交流が図られました。

柔道は、ロシアで関心が高く、実際に柔道をやっている人も多いので、多数の人がこのセミナーに集まっていました。なぎなたは、木村恭子先生によって極東大学の女子学生に紹介されました。ウラジオストクでは初めての紹介だそうです。剣道は、ロシアではさほど人数が多くないようですが、たいへん熱心に行われていて、年に何回かは練習や昇段試験を新潟市で受けるそうです。この他、各道で交流が行われました。

7月1日の午後、極東大学のホールで、山下泰裕先生が 「人生の金メダルを目指して」 というテーマで、講演をいたしました。内容はたいへん素晴らしかったのですが、満杯が予想された会場に空席が目立つ…。実は、手違いで、広報が日時を間違えたとのことでした。

講演後、担当者から、演武会のあと、是非インタビュー形式でもう一度話を聞かせてもらえないか、という申し出があり、急遽応じることになりました。

会場が一体となった武道演武会
7月2日、いよいよ武道の真髄、技の全てが披露されました。

開会式直後の第一部の始めは、まだ緊張しておりますから、静寂の中で見せる居合いを一番目に選んで、古市典雄先生、林敦史先生によって居合いの形が披露されました。

つぎは、なぎなたです。なぎなた連盟の木村先生の指導で、国際武道大学の学生たちが、ロシア民謡の曲に乗ってリズムなぎなたの演武を行ないました。すると、場内から割れんばかりの拍手が起こりました。私はこのとき、会場が一体になったと実感しました。

つづいて、勢いのある日本剣道の形と練習会で、形が蒔田先生と岩切公治先生によって披露され、学生たちも練習会に参加しました。
さらに、合気道は、大澤勇人先生、金沢威先生によって技を見せていただきました。

つづく柔道は、東海大学、国際武道大学合同で行い、山下先生が技を披露したあと、インタビューが行なわれ、たいへん多くの方の拍手をいただきました。

最後にロシアで人気の高い空手道の技を、前田利明先生が披露し、極束大学の空手道部貝が登場すると、会場が大いに盛り上がりました。

第三部として、剣道と柔道の親善試合を行いました。剣道の部は、蒔田先生が大サービスをされて、引き分でした。

柔道のほうは、少し気を抜くとやられますから(笑い)、真剣に戦って、日本側が勝ちました。

若者の国際交流の場として
今回のウラジオストクの行事につきましては、武道の国際的普及を図ると共に、国際交流を実施していく、特に国際社会で活躍する若い人たちの国際感覚を磨くことに役立つものということを念頭に企画しました。

学生たちは、武道を通じての国際交流を事前に学習して臨んだため、十分な成果を収めましたし、食事の配膳や、後片付け、掃除などを行った船の生活なども、たいへん貴重な学習の場になったのではないかと思います。

大学間のスポーツ交流は国境を超えた友好親善、新しい世代の精神的連帯に大きく寄与します。私たちはこの精神を生かして、学生を主役としたスポーツ交流を推進していかなくてはならない。そのためのいろいろな活動を今後もしていきたいと考えております。交流から連携へが、これからの課題であると思います。

手ごたえを感じた柔道を通じての国際交流
ご紹介いただいた山下です。東海大学創設者松前重義先生の生誕日の望星講座で皆さんにお話できることをたいへん嬉しく思っています。今回のウラジオストクでの思い出と国際交流、それに今日は松前重義先生の生誕の日ですから、ソ連を含めた、ロシア、先生との思い出を交えながらお話しようと思っております。

今回の交流で、何が一番驚いたかというと現地の熱烈な歓迎でした。これまでに何十回と海外に出かけていますが、今回ほど盛大な歓迎は初めてでした。

この理由として、一つは日露修好150周年を心から喜んでくれている、もう一つは、これをきっかけにして、もっともっと日本人に、この極東、あるいはウラジオストクに興味関心を持って欲しい。こういう交流をきっかけとして、もっともっといろんな交流が深まって欲しい、そういう思いを強くもっているのではないかなと感じました。

我々はロシアというとヨーロッパというイメージがありますが、現地の人々はアジアだという思いを非常に強く持っており、一番近いアジアといってもいいくらいです。

ですから、現地の方々は、我々から少しでも多くのことを吸収しようと非常に熱心にしておられた。心の交流というか、ふれあいというか、それをあらためて感じました。これはやはり柔道、あるいはスポーツ独特のものではないかなという気がします。

我々が行って交流したことが、しっかりと相手の柔道家、指導者たちの心に届いたのではないかなと思います。

柔道の国際交流といいますと一般的にこちらが相手を指導する、あるいは柔道の精神を語る、そういう部分が多いのですが、私は異文化交流と捉えています。こちらから教えてやるというような相手を上からの目線で見るのではなく、同じ目線で交流していく、そして、できれば相手の文化とか、習慣とか理解しようと努める。そしてその後で、我々日本の文化、習慣、あるいは柔道の心を伝える、こういう形を大事にしております。

ですから、ウラジオストクの演武会のあと、インタビューで山下さんが柔道でもっとも大事だと考えることは何ですか? という質問にはこう答えました。

一つは、柔道では戦う相手は敵ではない。相手がいるから自分を高めることができる。日本の武道で最も大切なことは、相手に対して敬意を持つ、尊敬の心を持つことだと。

そしてもう一つは、柔道であれ、武道であれ、これは「道」である。ここで学んだことは人生にいかしていくことが大切であると。

我々が海外に行って、柔道を通して交流を行なう、この中で技術交流だけではなく、柔道の教育的価値を伝える。そしてそれが少しでも外国の方々の柔道理解だけでなく、日本理解につながってくれればと思っています。

柔道を通していろんな国と架け橋をつくつていきたい。これは私自身が目指しているところですけれども松前重義先生が、私に期待したことでもあったのだと考えています。

松前重義先生の教えを礎として
私が初めて海外に出たのは、ソ連邦でした。17歳のときに松前重義先生を団長として、遠征しました。ここから私の海外での柔道経験がスタートしたわけです。その後、1980年、モスクワオリンピックのとき、私は代表に選ばれていましたが、日本がボイコットしたために出場できませんでした。

しかし、松前重義先生から、「今後のために試合を見に行かないか」と、温かい声をかけていただき、モスクワオリンピックを見に行きました。非常に複雑な気持ちでいましたが、 実際会場に入ったら、いろんな国々のライバルたちが声をかけてくれました。その時、国は追っても柔道を通して培った友情を強く感じました。

さらにその時、ソ連の要人と松前重義先生が会談したのですが、私も同席するようにと言われました。まだ20歳そこそこのことですし、握手をした以外、一言も喋らず緊張して座っているだけでした。

その時は、なんで同席しているのかよく分かりませんでしたが、後で東海大学の方が、「将来常に柔道を通したスポーツ交線を日本の代表としてやってほしい。だから君をこういう場面に連れていくことは、将来のための貴重な体験になるという先生の格段の配慮だと思うよ」 と、聞きまして、松前重義先生の深い思いやりに心が熱くなりました。

また、松前重義先生からは 「何で僕がソ連と交流しているか分かるか」 と聞かれまして、私は、「いいえ、わかりません」 と言うと、「今、日本はみんなアメリカを向いているだろ。しかし目の前には、とてつもなく大きなソ連という国が身近にあるんだよ。みんながアメリカに向いたら、これはたいへんなことになる。だから民間外交ということではあるけれども、少しでもそういうパイプを作っておかないと日本にとってとんでもないことになるんだ。だから僕ほ主義主張は違うけれども、ソ連との交流を続けているんだよ。将来、君も柔道を通して世界平和に貢献できる人間になってほしい」 と言われたのを聞いて、松前重義先生の日本に対する将来への思い、そういったものを強く感じました。

とはいえ、当時は先生の気持ちを十全に理解できていませんでした。先生が亡くなられてからようやく、その真意が理解できたような気がしております。

東海大学の松前重義先生、松前達郎先生のさまざまな教えというのは、私の括動の基盤になっており、今いくつかのプログラムを進めています。一つは、今年十二月に福岡で開かれる国際的な中学生柔道大会に、ロシア南部の北オセアチア共和国のチームを呼んで、柔道を通した交流をします。もう一つは、プーチン大統領がロシア語で書いた柔道の本を日本語で出版することです。

柔道の精神を伝えて行くには
昨今、柔道が世界に広まっていくにつれ、スポーツ化してしまい、本来の教えが伝わっていないのではないか。こういうご指摘をよく受けます。私がまず最初に話すのは、海外でどうかという以前に、我々日本人が、勝ち負けだけにこだわって、柔道の「迫」の部分をずっと忘れていたということです。

もう一度柔道の創設者、嘉納治五郎先生の理想の原点に戻って柔道を通した人間づくりをしていこうと、2001年に日本の柔道界に柔道ルネサンス活動を立ち上げました。いまは試合会場などに行きましても柔道人のモラルはよくなってきていると思います。

日本がまず模範を示さないといけないのは当然ですが、世界を見たときに感じるのは、技術的なものが酋かれた柔道の本はたくさんあるのに、精神面が書かれた柔道の本はきわめて少ないということです。我々も外国に柔道を普及させるとき、どうもそういう点を軽視していたのではないかという反省があります。

私は3年前に国際柔道連盟の教育コーチング理事になり、世界のコーチたちを対象に、「柔道を適した人間教育」 という会合を開いた際に、次のような話し合いをしました。

国際大会で3位に入った選手が喜んで柔道着を脱いで、振り回している。このことに対する是非を問いました。すると、ある国のコーチは、「なぜサッカーはよくて、柔道はだめなんだ」 と。すると、「我々がやっているのはサッカーではなく、柔道だ。我々はそういう考え方をすべきじやない」 と、別のコーチがはっきりいってくれました。

「もしあれが認められたら相手を尊敬し、相手に敬意を示せと、どんなにいっても、子どもたちは柔道着を脱いで走り回るだろう。トップ選手の振るまいがどういう影響を与えるかということを我々は考えるべきじゃないか」と、私がいうと、コーチたちはわかってくれました。

日本から海外へ出ていく指導者はたくさんいます。我々は、指導目的というものを決めております。やはり技術だけじゃなくて、柔道の魂を伝えていこう。そしてこれは異文化交流だ。まず相手を理解して、それから日本の心を理解してもらおう、こういったことを伝えて、海外へ出かけていってもらいます。

松前重義先生の教えや、柔道の精神をこれからも多くの国のことばで、多くの柔道人に理解してもらえるように、いままで以上の努力をしてまいりたいと思います。ありがとうこ ざいました。



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