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国際柔道連盟理事としてのアテネ 2004年8月30日


































 国際柔道連盟の教育コーチング理事として、今回は、選手の柔道着とコーチの試合中の態度を管理する担当でした。

柔道着には広告掲載が認められない

 
オリンピックでは、柔道着に広告を貼り付けることは認められていないんですね。国の名前や国旗などをは許されますが、それ以上は認められないんです。世界選手権では、両肩に広告を載せることは許されています。
 事前にIOCからは、各国に連絡は行っていますが、うまく伝わっていないのか、2〜3割のチームの柔道着に広告が付いていたんです。選手の柔道着にゼッケンを付ける時にチェックするんです。

 「外しなさい」と指導しても、「なぜ、ダメなんだ?」と強く食い下がられると、現場ではお手上げになって、私を呼びにくるんです。そして、「IOCがコントロールしている大会だ」と言って、壁に貼ってあるポスターを指さすんです。英語、フランス語、スペイン語で同じことが書いてあるんです。「同じものがあなたの国にも送られているはずです。この規定に従うほかありません」と言うと、納得はしてくれるんです。そして「じゃあ、どうしたらいい?」と聞かれても、「全部取り外すか、新しい柔道着を買ってくるしかないでしょう」と言うしかありません。

 汚れている柔道着を着てくる選手には、「オリンピックは最高の試合なんだから、もう一度洗ってきて、キレイにしてから持ってきなさい」と指導します。襟が堅い柔道着を着てくる選手もいました。「どこへいったら、柔道着が買えるんだ?」と大騒ぎで、ゼッケンを付けるスタッフたちは大変でしたね。

 ゼッケンは、会場で付けてもらうものなので、4日前から始めます。某国の選手はほとんどが引っかかって、その国のコーチは、しっかり縫いつけてあったものを、毎日夜遅くまでかかって抜いたんです。「先生!夕べも選手村で、12時過ぎまでずぅ〜っとやってました」と言われました。
 契約もあるので、他のメーカーの柔道着を着ることもできないので、国から新しい柔道着をもう一度送ってもらうことも考えていたようです。最終的には全ての選手の、白と青の柔道着全部の刺繍を抜いたそうです。

 なかには、チェックをうまくすり抜けたチームもあり、試合会場で注意したこともありました。国名が書いてあってそのヨコにスポンサーのロゴマークを付けてあったりするんです。
 即座に「ルール違反だ。以降は認められない」と注意します。
 ゼッケンがなかったり、ゼッケンに国の名前や選手の名前が入っていなかったり、袖が短い柔道着や、すり切れてみすぼらしいとか、色落ちが激しいとか・・・様々な報告が私のところへ届きました。



最高の舞台に最高の選手とコーチ

 国際柔道連盟では、コーチが熱くなりすぎて、その態度がよろしくないということが、問題になっています。
 「柔道は特に教育的なスポーツであると言うことに異論をはさむ方は、この中にはいないでしょう。最高の舞台であるオリンピックで、最高の選手、そして、最高のコーチの見本を示して欲しい」と話しました。
 何名かは、毎回問題になる、態度の悪いコーチがいるんですね。みんな、友達です。事前に「話があるんだ」と言うと、「わかっているよ、コーチボックスの態度のことだろう。わかってる。気を付けるよ」と返してくれます。
 理事会では、「あいつ、今回はおとなしいな・・・」と話が持ち上がりました。
 コーチの態度については、かなり改善されたんじゃないかと思います。

 試合中にずっと大声を出し続けているコーチがいますね。ハラハラしたり、イライラしたりで、叫ばずにはいられないんでしょうね。選手のことを考えているゆとりがないのかもしれません。
 信頼関係ができていれば、選手の耳にも入ると思うんですけど、適切じゃないと思われるアドバイスは、届きませんね。
 優秀なコーチは、しゃべりすぎませんよ。態度も落ち着いています。

 試合中に私が出て行って注意したのは、2回ほどありました。試合中にたち続けるのは、ダメです。



男子66キロ級の一回戦でイランとイスラエルが

 今回、大きな問題になったのは、イランの男子66キロ級世界チャンピオンの選手が、一回戦で、イスラエルの選手と当たることになったんです。
 イランでは、国家の政策で、イスラエルの選手とは試合しないと決められている、と聞いていたんです。

 私はイランの会長と親しいので、「抽選は、どうだった?」と聞きました。「66キロ級男子でイスラエルと当たってしまった。どうするかは、私にはわからない。私にはどうしようもできないから」と言っていました。

 一部の新聞で、そのイランの選手のコメントが掲載されました。「パレスチナで被害を受けている人たちのことを考えると、とても、イスラエルの選手と試合をする気にはなれない。試合には参加しない」と語ったそうです。

 オリンピックに政治的な問題を持ち込むことは、処罰の対象になります。ですから、最初の3日間は、毎日、緊急理事会がありました。
 「処罰すべきだ」という意見もありました。「処罰すべきではない」という意見は、まず、会長本人を読んで確認してからと言うものでした。アジアの会長は、「新聞を信用して、我々の仲間の選手や会長のことを信用しないのか」と主張しました。

 3名の理事の立ち会いで、選手と会長に質問しました。
 結局、その選手は、計量にきて、体重オーバーで失格になりました。故意に失格になったのではとの憶測もとびましたが、罰は与えられませんでした。

 「代表枠を取りながら、こんな形で、体重オーバーで試合に出られなかったことは、申し訳ない。また同じように、大会でイスラエルの選手と当たったら、私は戦う。私は、そういうことで試合をボイコットしないと約束する」と、その選手は話していました。



某国コーチが負けた女子選手を殴った

 もう一つ。
 某国のコーチが、負けた女子の選手を殴ったことが、大きな問題になりました。不甲斐ない負け方をしたからと、試合が終わって返ってきたところを殴ったらしいんです。それを他の国の選手が見て、ショックで自国のジャーナリストに話したらしく、そのジャーナリストが、「そんな野蛮なことを許していいのか」とIOCに抗議したんです。

 IOCからは、「抗議がきている。至急、事実を確認し、対処方法を示して欲しい」と求められました。
 この問題は、教育コーチング理事の私の担当ですから、そのコーチを呼んで話を聞きました。確かに、日本でも、どの国でも、熱くなればつい手があがっちゃうこともあります。しかし、男のコーチが女子選手を殴ることは、見たことはありませんが・・・
 そのコーチは、事実を認め、翌日から試合会場へは出入り禁止になりました。

 その国の柔道連盟も、ことの重大さを認識して、処罰すると言っている。国際柔道連盟も、何らかの処罰をすべきだろうという意見でしたので、私が取りまとめました。
 この大会期間中、コーチボックスだけでなく、試合会場に入らない、という案です。試合会場には入れないと言うことは、自分の仕事ができないと言うことですから、処置としては重いものだと思います。
 その案では、甘すぎる。2年間くらいはコーチの資格剥奪、などという意見もありました。警告くらいでいいのでは、という意見もありました。
 今後はコーチとしての、国際大会の資格剥奪にもなりかねないので、十分注意して欲しい、と申し上げました。その国の理事も、「自国に帰ったら、全てのコーチを集めて、国際大会はもちろん、国内の大会でも同じことが起きないようにと、しっかり指導してゆきます」と話されました。



予想外の忙しさ

 稽古も見たかったんですが、試合中でも、イランの問題で意見をまとめたり、打ち合わせをしたり・・・
 コーチが女子選手を殴った問題でも、IOCに、国際柔道連盟の会長名で文書を提出しなければなりませんので、理事一人一人の意見を聞いて回ったりで、予想外の忙しさでした。

 試合が終わって一日だけ時間がありましたが、理事の様々な仕事で疲れてもいましたし、ホッとしているだけで、他の競技も見ることができませんでした。観光も全くしていませんし、土産物売り場にも行っていません・・・




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